書き困難とDepth of Encoding 記憶の深さ

学びの世界には「深さ」(Depth of Encoding)という言葉があります。情報がどれだけ深く処理されたかが、記憶の強さが変るという考え方です。記憶の深さは視覚イメージの強さではありません。実は、記憶の深さはどの感覚を使ったかではなく、どれだけ多くのネットワークに・かつ効率よく繋がったかを指します。特に書き困難の子どもたちの文字運用を考える時に必要な視点です *Voicy11/27配信より
川﨑聡大 2025.11.28
誰でも

さまざまな「知っている」

 「~知ってる?」と子どもに聞くと「知ってるもん!」とかえってきます。この「知っている」の一言には多くの次元が内包されます。➀聞いたことがある、②その内容をイメージしたり意味を想起できる、③その内容を素早くイメージすることができる、④③に併せて幅広い意味が想起できる、⑤状況に併せて運用できる、これがすべて「知ってるもん!」になるわけです。この次元の違いはどこから起きるのでしょうか?。また、書き困難のある子どもにとって「書けたり書けなかったり...」といった事が良くありますが、これはどこからきているのでしょうか?。そんな疑問を少し掘り下げる視点としてこの「記憶の深さ」を考えてみましょう。

よく「深さって、視覚イメージの強さだと思ってました!」といわれる事があります

たしかに、視覚イメージが強い子どもにとって、 それは一つの重要なルートです。 しかし、「深さ」とは視覚の強弱のことではありません。

深さとは、複数のネットワークが効率よく統合されること。

文字の形態が視覚・音・意味・構造・運動・文脈・体験… こうしたさまざまな回路がつながって、 海馬を介して長期記憶として強化されていく。 これが本来の「深さ」です。

そして、この観点をもつと、 書き困難の子どもたちのつまずきが立体的に見えてきます。

文字の記憶には「浅い → 中くらい → 深い」の3層がある

Layer 1:浅瀬─「再認可能レベル」の記憶と、視知覚認知機能の問題

文字を見たとき、脳は後頭葉から腹側視覚経路へと情報を送り、 形を一つのまとまりとして処理(形態の統合)します。 ここは パルボセルラー系(parvocellular)が大きく関わる領域で、 細かな形の識別や統合を担う部分です。この段階では浅い記憶=Recognition(再認)は通るけど、Recall(再生)は不安定な状態です。

特徴

  • 形は「なんとなく見たことがある」

  • 並べて比べれば「これかな」と選べる

  • でも白紙から「思い出して書く」ができない

  • 記憶の「まとまりの深さ」が足りない

これは Depth of Encoding の中では最も浅い層に該当します。

   書き困難のある子どもの中には、この「形態の統合(form integration)」に弱さを抱える児童もいます。この段階から弱さがあると書き困難は結構シビアになる事がすくなくありません。学習を成立させる(記憶を深める)ために必要な素材選びで負荷がかかり、上手くまとまらない状況が起きるわけです。

浅い=再認可能レベルであり、白紙から思い出す(再生)のはまだ難しい。視覚処理が不安定なため、「見て比べれば分かるけれど、書くと迷う」という状態になるわけです。

Layer 2:中層──再認手がかりとしての口唱法と、音・構造・運動での補償

中層は「音+運動で形を再構成する段階」であり文字と音との対応関係からの文字の形態想起(記憶の検索)が自動化する過程です。

浅い層の処理が弱い子どもに、視覚だけで文字を覚えて自動化までもっていくことは中々難しい。そこで有効な方法の一つが口唱法です。多くの人が誤解していますが、口唱法は「覚えるための技法」ではありません

 口唱法の本質は 「再認の手がかり(recognition cue)」。

文字を構成するパーツを音声言語化して学習する方法ですが、文字を形作る部品につけた覚えやすくするための音韻ラベルではなく視覚情報処理が弱い場合でも、 音の手がかりがあれば「探し間違えない」という効果が最も期待されているわけです。

この再認cueが、書字運動と結びつくことで

「形態想起(recall)のスクリプト」へと変換されていきます。

  • 音(読み)

  • 部首の構造(言語化)

  • 書字運動の順序

これらが繰り返されると、 「音 → 形態 → 書字」のルートが自動化していきます。視覚に頼らずとも 音+運動で形を再構成できる段階です。これは書き困難の子どもにとって、 視覚とは別の強い回路を育てる重要なフェーズです。

Layer 3:深海─視覚性記憶の「再認」が弱い場合の、深層ネットワークの問題

書き困難には、浅瀬(形態統合)の弱さ以上にこちらの問題を抱える場合が少なくありません。

  • 形態は捉えられるけれど、

  • 視覚性記憶の再認そのものが弱い

  • 過去の記憶と視覚情報のリンク効率が低い

これは浅い層の問題ではなく、 深い層のネットワーク効率の問題です。意味と音と構造がつながる深層ネットワークが十分に働かないため、 見比べる課題でも迷いやすくなります。このタイプも、視覚一本では深い記憶に到達しづらく、音や構造、文脈、運動を使った多ルート・多感覚のアプローチが有効とされています。

深い記憶は、「ネットワーク増強」でつくられる

深海レベルでは、

  • 視覚

  • 意味

  • 文脈

  • 運動

  • 構造

などの複数のルートが結びつきます。

海馬は記憶の倉庫ではありません。「複数の情報を束ね、長期記憶として効率よく再分配する“変換装置」です。深い処理(Depth of Encoding)が行われると、 海馬を介してネットワークが増強され、 皮質に安定した記憶として統合されていきます。つまり 深い学び=複数ルートの統合 × 海馬の増強機構 なのです。

記憶の深さをあげるために書き困難のこどもも中層を確保したうえで書くことが求められます。この理由はシンプル!。書くという行為そのものが①再認cueである口唱法、②構造の言語化、③書字運動の系列下、④意味や文脈の想起や結合、こういった複数のネットワークを一度に動員する深い処理だからです。中層を確保したうえで書く。ここが大事です。確保していないまま書いても効果が出ません。

*11月27日Voicyで荻布先生とお話しさせていただいた内容を文字に起こして再構成しました。これから毎週(できる限り)出していきたいと思います。

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