ASDは本当に「空気が読めない」のか?

「空気が読めない」という言葉はよく使われますが、それが何を意味しているのかを説明することは意外と難しいものです。本稿では、この曖昧な概念を手がかりに、自閉スペクトラム症(ASD)特性における社会的コミュニケーションの特徴を、認知の観点から捉え直します。
川﨑聡大 2026.04.21
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 自閉スペクトラム症(ASD)の人は、「空気が読めない」と表現されることが少なくありません。この言い回しは、日常的な印象を簡潔に伝える一方で、その内実をほとんど説明していません。むしろ、「空気」という曖昧な言葉のもとに、複数の認知過程が一括りにされてしまっている点に問題があります。

「空気を読む」とは何をしているのか

 では、私たちが「空気を読む」とき、実際には何をしているのでしょうか。

私たちは、相手の発言内容や表情、視線、その場の文脈や関係性、さらには過去のやりとりといった多様な情報を同時に扱いながら、「いま何が求められているのか」を推測しています。このとき重要なのは、それが明示的なルールに従っているわけではなく、暗黙的な予測として処理されている点です。

予測処理という枠組み

 このような処理は、「予測処理(predictive processing)」という枠組みで理解することができます。これは、脳は外界からの情報を受動的に処理するのではなく、常に「次に何が起きるか」を予測し、そのズレ(予測誤差)をもとに更新を繰り返している、というものです。社会的場面における「空気」は、まさにこの予測に強く依存した現象です。

「空気」という不確実な対象

 しかし、「空気」は本質的に不確実です(本来「空気」は読むものではなく吸うもの!)。明確な正解があるわけではなく、同じ言葉でも文脈や関係性によって意味が変わります。たとえば、会議の場で「この案はどう思う?」と問われたとき、それが率直な意見を求めているのか、それとも形式的な確認なのかは、言葉そのものからは判断できません。私たちはその場の雰囲気や過去の経験をもとに、「どの程度踏み込むべきか」を予測しながら応答しています。

 ここで行われているのは、単なる理解ではなく、不確実な状況における文脈依存的な予測の更新です。

ASD特性では何が異なるのか:予測と不確実性

では、ASD特性ではこの空気を読む流れにおいて何が異なるのでしょうか。

従来、この問題は「社会性の障害」や「文脈理解の困難」として説明されてきました。しかし近年では、より基盤的な認知プロセスの違いとして捉え直されています。とくに指摘されているのは、予測のあり方と不確実性への応答です(Pellicano & Burr, 2012)。

ASD特性においては、例えば次のような特徴が予測処理に関して報告されています。

  • 予測の更新が相対的に慎重である

  • 文脈よりも現在の情報を優先する傾向がある

  • 不確実性に対する感受性が高い

このような特性のもとでは、「空気を読む」という行為は極めて負荷の高い処理になります。暗黙的に変化し続けるルールを前提とする場面では、予測そのものが不安定になりやすいためです。

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続きは、1755文字あります。
  • 中枢性統合という観点

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