ASD特性は本当に「表情が読めない」のか?
自閉スペクトラム症(ASD)の特性として、「人の顔や表情を読むことが苦手である」という説明は広く共有されています。しかし、この説明は現象の一部を捉えているに過ぎず、その背後にある認知過程を十分に説明しているとは言えません。
むしろ問題は、「読めない」という表現が、あたかも顔処理能力そのものの障害を意味するかのように理解されている点にあります。
ヒトは通常、他者の顔に対して自動的かつ高速に反応します。視線方向や表情の微細な変化を統合し、社会的文脈の中で意味づける処理は、意識的努力をほとんど必要としません。この初期段階の顔処理に関連する指標として、事象関連電位のN170が知られています。
ASDにおいては、このN170の潜時遅延や振幅変化が報告されており(McPartland et al., 2004)1)、これを根拠に顔処理そのものの障害が示唆されてきました。
しかし、この解釈には再検討の余地があります。

近年の研究では、ASDにおける顔認知の問題は、「処理能力の障害」というよりも、「入力段階における偏り」によって説明される可能性が指摘されています。
具体的には・・・
顔への注視時間が短い
目や口などの社会的に重要な部位への視線配分が異なる
といった特徴が一貫して報告されています(Klin et al., 2002)2)。すなわち、顔が処理できないのではなく、結果として顔に対する情報入力が十分に確保されていない可能性があるということです。
ここで区別すべきなのは、「見ていない」と「理解できない」という二つの状態です。視線が顔以外の対象に向いている場合、表情理解が困難になるのは当然の帰結です。このとき問題となっているのは(結果に対して影響を与えているものは)、顔処理の能力そのものではなく、注意の配分様式の違いですよね。
最近の脳イメージング研究が示すもの
上記の点は近年の脳イメージング研究によっても支持されています。
機能的MRI研究では、顔処理に関与する紡錘状回顔領域(fusiform face area: FFA)の活動低下がASDで報告されてきました。しかし、その多くは顔への注視が不十分な条件下で測定された結果であることが指摘されています。実際に、視線を顔に向けるよう統制した条件では、FFAの活動は定型発達群と大きく変わらないことも報告されています(Dalton et al., 2005)3)。また、眼球運動と脳活動を同時計測した研究では、視線が目領域に向けられたときに扁桃体の活動が増加することが示されており(Dalton et al., 2005)3)、顔刺激が情動的・生理的負荷を伴う可能性も示唆されています。さらに近年では、自然な対人場面に近い状況での脳活動を計測する試み(モバイル脳計測や自然刺激課題)において、文脈依存的に社会情報処理が変動することも報告されています。
これらの知見は一貫して・・・・
⇒顔処理の中枢的な欠損というよりも、注意配分・入力・情動応答の相互作用として理解すべきであることを示しています。
では、なぜ顔への注意配分が異なるのでしょうか。
この問いに対しては、感覚処理、社会的動機づけ、予測処理など複数の観点から検討が進められています。なかでも重要なのは、社会的情報の不確実性と予測負荷です。
顔や表情は、文脈依存性が高く、意味が一義的に定まらない情報です。そのため、予測が難しく、処理負荷が高い刺激となります。ASDでは、この不確実性に対する感受性が高い可能性が指摘されており(Pellicano & Burr, 2012)4)、結果として顔刺激への接近が抑制される方向に働くと考えられます。