頑張り切らせないADHDの子どもの学習環境支援
―注意資源を使い切らせないための「入り口」と「出口」の設計― 前編(全3回)

「集中できたなら大丈夫」。そう見えても、ADHDのある子どもは、大きな認知的コストを払いながら課題に取り組んでいるかもしれません。これから3回に分けて、ADHDの子どもの学習環境支援を、注意資源・認知的コスト・過集中・転換的注意の視点から取り上げます。まず前編では、注意資源を使い切らず、次の活動へ移る力を残すための「頑張り切らせない」学習支援を考えます。
川﨑聡大 2026.06.14
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1. はじめに:「頑張れること」は、いつも望ましいことなのか 

 ADHDのある子どもについて語るとき、私たちはしばしば「集中できない」という言葉を使います。授業中に注意がそれる、課題に取りかかれない、最後までやり切れない、話を聞いているように見えない。こうした姿は、たしかにADHDの学習場面でよく観察されるものです。

しかし、現場で子どもたちを見ていると、もう一つ別の姿に出会うことがあります。それは、集中できないどころか、むしろ集中しすぎてしまう姿です。

好きな課題には何時間でも取り組む。興味のある活動からなかなか離れられない。声をかけても切り替わらない。・・・・

 ようやく課題を終えたと思ったら、その後の片づけや移動、次の活動への参加が大きく崩れる。こうした状態は、一般に「過集中」と呼ばれることがあります。ただし、過集中はADHDの診断基準そのものに含まれる中核症状ではなく、研究上もまだ十分に整理されているとは言えません。それでも、ADHD症状と過集中、固執、感情調整の困難との関連を示す研究は報告されており、臨床や教育の場面で無視できない現象です。

 ここで考えたいのは、ADHDの子どもを「集中できる/できない」という一軸で捉えてよいのか、ということです。むしろ重要なのは、注意がどのように使われているのかを、もう少し細かく見ることです。

たとえば、
① 注意をどこに向けているのか、
② どのくらいの強さで投入しているのか、
③ どの時点で解除できるのか、
④ 次の活動へどのように切り替えているのか、
という点です。

 これは単に「注意の調整がうまい/下手」という話ではありません。その子どもが、いまの学習課題に対してどのような注意の使い方をしているのか。さらに、その注意の使い方が、課題の性質や学習目標に合っているのか。あるいは、必要以上に大きなコストを払いながら、なんとか課題をこなしている状態なのか。そこを見立てることが重要です。

 たとえば、短い漢字練習であっても、ある子どもは周囲の音を抑え込み、姿勢を保ち、間違えないように強く注意を固定しながら取り組んでいるかもしれません。一見すると「集中してできている」ように見えます。しかし、その後にノートをしまえない、次の教科に移れない、些細な声かけで強く反応するのであれば、その学習は本人にとってかなり高コストであった可能性があります。

 反対に、同じ課題でも、最初に「今日は3文字だけ丁寧に書く」「終わったら赤鉛筆をしまう」と決めておくことで、注意を過剰に固定せず、必要な範囲で使える場合があります。この場合、学習量は少なく見えるかもしれません。しかし、本人が使い切らずに終え、次の活動へ移れているなら、それはより無駄の少ない学び方だと考えられます。

つまり問題は、単に「集中できたかどうか」ではありません。
その集中が、課題の目的に対して適切な使い方だったのか。学習の成果に比べて、本人が過剰な注意資源を支払っていなかったか。次の活動へ移る力を残せていたか。
このように、注意の使い方と学習の実態との整合性を見る必要があります。

2. 注意資源とは何か

 注意は、単に「向ける」ものではありません。
学習場面で子どもが課題に取り組むとき、そこでは複数の働きが同時に求められています。

たとえば、先生の説明を聞く。
黒板を見る。
ノートに書く。
周囲の音を気にしすぎないようにする。
途中で別のことを考えそうになったら、もう一度課題に戻る。
わからないところで止まり、必要なら助けを求める。
終わったら道具を片づけ、次の活動へ移る。

こうした一つひとつの行動には、見えている部分だけでなく見えていないところにこそ多くの注意の働きが含まれています。

ここでいう注意資源とは、学習や行動を進めるために使われる、限りある認知的エネルギーのようなものです。もちろん、注意資源は目に見える量として測れるものではありません。しかし、子どもの学習場面を理解するうえでは、かなり有用な考え方です。注意資源は、課題に集中するためだけに使われるわけではありません
むしろ、学習場面では少なくとも次のような場面で消費されています。

第一に、課題に入るための資源です。
プリントを出す、問題文を見る、どこから始めるかを決める。これらは簡単に見えますが、子どもによっては大きな負荷になります。特に、課題の見通しが立たない場合や、失敗への不安が強い場合には、「始める」こと自体に多くの注意資源が必要になります。

第二に、課題を続けるための資源です。
文字を読む、計算する、文章を書く、先生の話を聞き続ける。ここでは、注意を一定時間保つことに加えて、余計な刺激を抑えること、途中で逸れた注意を戻すことも求められます。

第三に、課題から離れるための資源です。
これは見落とされやすい点です。私たちは「始められない」ことには気づきやすいのですが、「やめるためにも資源が必要である」という視点はあまり強調されません。しかし実際には、今している活動から注意を外すことにも力がいります。特に、興味のある活動や、やり残し感の強い活動から離れるには、注意を解除する働きが必要です。

第四に、次の活動へ切り替えるための資源です。
課題を終えたあと、片づける、移動する、別の教科に入る、友だちとの活動に戻る。これらは単なる行動の切り替えではなく、注意の向け先、身体の準備、気持ちの状態、次に何をすればよいかという見通しを再構成する過程です。

このように考えると、学習場面で必要な注意資源は、「集中する力」だけではありません。
むしろ、①入るための注意資源、②続けるための注意資源、③抜けるための注意資源、④切り替えるための注意資源、がそれぞれ必要になります。

ここで重要なのは、子どもが課題を最後まで終えたとしても、それだけで「うまく学習できた」とは言い切れないということです。課題を終えるために、入る力、続ける力、抜ける力、切り替える力をすべて使い切ってしまっている場合があります。

たとえば、ある子どもが20分間プリントに集中して取り組んだとします。表面的には「よく頑張った」「集中できた」と評価されるかもしれません。しかし、その後に声をかけても反応が鈍い、次の活動に入れない、片づけで混乱する、些細な修正で強く崩れるとすれば、その20分間は本人にとってかなり高い注意資源を要する学習だった可能性があります。

反対に、10分で区切って、途中で一度立ち上がり、終わった後の行動まで見通せている場合、取り組んだ量は少なく見えるかもしれません。しかし、本人が次の活動へ移る力を残しているなら、その学習はより持続可能です。

 注意資源という視点は、子どもの学習を「できた/できなかった」だけで評価しないために重要です。

その子がどれだけの資源を使って課題に入ったのか。
どれだけの資源を使って続けていたのか。
終わった後に、次へ移る力が残っていたのか。

このように見ることで、学習支援の焦点は少し変わります。

目標は、単に長く集中させることではありません。また、最後までやり切らせることだけでもありません。

むしろ大切なのは、子どもが注意資源を使い切らずに学習へ参加できるようにすることです。
そのためには、課題に入る前の支援と、課題から出るときの支援が必要になります。つまり、注意資源を考えることは、学習環境の「入り口」と「出口」を考えることでもあります。

「頑張り切らせない支援」は、次回以降さらに具体化していきます。過集中や切り替えにくさ、学習環境の入り口と出口の設計に関心のある方は、ぜひ読者登録をお願いします。

3. 認知的コストという視点

 前節では、学習場面において、課題に入る、続ける、抜ける、切り替えるという一連の過程に注意資源が使われていることを確認しました。ここでいう注意資源とは、子どもが学習や行動の調整に使うことのできる限りある力です。

これに対して、認知的コストとは、その課題に参加するために、どれだけの注意資源を消費するか、あるいは本人がどれほどの負荷として経験しているかを示す視点です。

つまり、注意資源が「使える容量」だとすれば、認知的コストは「その活動に必要な消費量」です。同じ課題であっても、子どもによって必要な消費量は異なります。ある子どもにとっては少ないコストで取り組める課題でも、別の子どもにとっては多くの注意資源を使わなければ参加できない課題になることがあります。

たとえば、授業の最初にプリントを出し、名前を書き、問題を読み、解き始める。
この一連の流れは、周囲から見ると「普通の学習準備」に見えるかもしれません。

しかし、ADHDのある子どもにとっては、そこに多くの認知的コストが含まれていることがあります。

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