頑張り切らせないADHDの子どもの学習環境支援
-「最後まで頑張る」が、次に移る力を奪うとき- 中編(全3回)
1. 問題は「集中できない」だけではない
前編では、ADHDのある子どもの学習場面を、「集中できる/できない」という一軸ではなく、注意資源と認知的コストの視点から捉え直しました。
認知的コストは、すべての学習支援を考える土台です。なぜなら、同じ課題に取り組んでいるように見えても、その子どもがどれほどの注意資源を使い、どれほどの負荷を払いながら学習に参加しているのかは、それぞれ異なるからです。「できた」という結果だけでは、その子どもがどれほどのコストを払っていたのかは見えません。
今回は、その中でも特に「抜ける」「切り替える」という注意の働きに焦点を当てます。
ADHD特性による困難さは、課題に入れないことや、集中が続かないこととして語られがちです。しかし実際には、いったん入った活動から抜けられない、次の活動へ移れない、終わった後に片づけや移動が崩れる、といった形で現れることも少なくありません。
ここで重要なのは、注意を解除し、次の対象へ向け直すことにも認知的コストがかかるという視点です。つまり、「やめる」「片づける」「移動する」「次に入る」といった行動は、単なる気持ちの切り替えではありません。そこには、今向けている注意をいったん外し、次に必要な対象や手順へ注意を再配置する働きが必要になります。
過集中についても同じです。過集中は、単に「集中力が高い」状態としてだけ理解すると見誤ります。近年の研究でも、過集中はADHD症状、固執、感情調整の困難などと関連することが報告されており、単純な強みとしてだけ扱うことはできません。
本稿中編では、過集中と転換的注意を手がかりに、「最後まで頑張る」ことが、なぜ次の活動へ移る力を奪うことがあるのかを考えていきます。
大切なのは、子どもがどれだけ集中できたかだけではありません。その集中から抜けるために、どれほどのコストが必要だったのか。次の活動へ注意を向け直す力が残っていたのか。そこまで含めて見なければ、ADHDの子どもの学習環境支援は十分には見えてこないのです。
2. 転換的注意とは何か(切り替える注意)
転換的注意とは、いま向けている注意をいったん解除し、別の対象や活動へ向け直す働きです。
学習場面では、この働きがさまざまなところで求められます。たとえば、先生の説明を聞くことからノートを書くことへ移る。国語の課題を終えて算数の課題に入る。休み時間から授業へ戻る。プリントを終えて片づける。こうした場面では、単に身体を動かすだけでなく、注意を向ける先を変え、次に必要な手順を確認し、行動を組み直す必要があります。
つまり、切り替えとは「次のことをする」だけではありません。今していることから注意を外し、次に必要な情報や行動へ注意を再配置する過程です。
このとき、前の活動に強く注意が固定されているほど、切り替えには大きなコストがかかります。興味のある活動、終わりが見えにくい課題、やり残し感の強い作業では、注意を外すこと自体が難しくなります。さらに、次の活動の見通しが曖昧であれば、向け直した注意をどこに置けばよいのかも分かりにくくなります。
ADHD特性のある子どもでは、こうした注意の切り替えや認知的柔軟性に困難がみられることがあります。実行機能に関する研究でも、ADHDを対象とした検討で抑制、ワーキングメモリ、認知的柔軟性などの領域に困難が生じやすいことが指摘されています。ここでいう認知的柔軟性は、状況に応じて考え方や行動を切り替える働きであり、転換的注意とも深く関係します。したがって、学習場面で「切り替えられない」と見える行動は、単に指示に従わないという問題ではありません。注意を外すこと、次の対象へ向け直すこと、そして次の行動を組み立てることに、それぞれコストがかかっている状態として捉える必要があります。
支援で大切なのは、「早く切り替えなさい」と促すことだけではありません。切り替えに必要な注意資源が残っているか。前の活動から抜けるための手がかりがあるか。次に何をすればよいかが見えているか。そこを整えることが、転換的注意を支える学習環境支援になります。
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3. 「やめる」にも注意資源が必要である
ADHD特性のある子どもの学習支援では、「どうすれば課題に取りかかれるか」がよく問題になります。たしかに、始めることには大きなコストがかかります。何をするのかを理解し、道具を準備し、最初の一手を決め、注意を課題へ向ける必要があるからです。
しかし、同じくらい重要なのが、「どうすればやめられるか」という視点です。
私たちは、課題を終えることや活動をやめることを、比較的簡単な行動として考えがちです。しかし実際には、やめるためにも注意資源が必要です。今していることから注意を外し、途中で生じたやり残し感を処理し、次に移るための準備をしなければならないからです。
特に、興味のある活動や、自分なりの区切りが見えにくい課題では、注意は活動に強く固定されます。このとき「そろそろ終わり」と言われても、本人の内側ではすぐに注意を外せる状態になっていないことがあります。外から見れば「やめない」ように見えても、実際には「やめるための処理」に大きなコストがかかっている場合があります。
ここで大事なのは、「やめる」は単なる停止ではないということです。やめるとは、いまの活動から注意を解除し、未完了感や興奮、緊張を整理し、次の行動へ移るための状態をつくることです。つまり、「やめる」はそれ自体が一つの認知的作業なのです。
この視点をもつと、支援の見方は変わります。子どもが活動をやめられないとき、「意志が弱い」「聞く気がない」と見るのではなく、注意を解除するための手がかりや余力が足りているかを見る必要があります。