「発達障害児が増えたから教員不足」 ―論理の飛躍と数字の再検証ー

「発達障害児が増えたから教員不足」。本当にそうでしょうか。教員不足は教育全体の問題であり、特別支援学校ではさらに深刻です。しかし、その原因を子どもの増加に求め、死亡事故まで結びつけてよいのでしょうか。数字が示す事実と因果関係は別です。報道を手がかりに、教育制度の問題を問い直します。
川﨑聡大 2026.11.08
読者限定

「発達障害児が増えたから教員不足?」—本当に?ー

「発達障害児が増えたから教員不足」。本当にそうでしょうか。教員不足は学校教育全体の問題であり、特別支援学校ではさらに深刻です。しかし、その原因を安易に発達障害のある子どもの増加に求めてよいのでしょうか。死亡事故まで一続きに語る報道。数字が示す事実と、そこから導かれる因果関係は別です。見過ごされがちな教育制度の問題を、データから問い直します。

2026年10月31日、読売新聞オンラインに、特別支援学校における教員不足の深刻化と、授業中に児童が行方不明となり死亡した事故を取り上げた記事が掲載されました。

教員不足は、学校教育にとって極めて重要な問題です。また、学校で子どもの生命が失われた事故については、その背景を丁寧に検証し、再発防止につなげなければなりません。

一方で、記事を読みながら気になったことがありました。

それは、発達障害のある子どもの増加、特別支援学校の教員不足、そして死亡事故が、一続きの問題として説明されていることです。

しかし、この三つを原因と結果として結びつけるだけの根拠は、記事中には示されていません。それぞれ重要な問題だからこそ、異なる統計や出来事を安易に結びつけてはいけないと思います。

そこで今回は、何が実際に増えているのか、教員不足の数字は何を意味するのか、そして事故の背景から何を学ぶべきなのか、順番に考えてみたいと思います。

特別支援学校の教員不足は、発達障害のある子どもが増えたからなのか

まず、教員不足の数字を確認してみましょう。

文部科学省が2026年3月に公表した「令和7年度『教師不足』に関する実態調査」によると、2025年5月1日時点の教員不足は全国で3,827人、不足率は0.45%でした。

学校種ごとに見ると、次のようになります。

「令和7年度『教師不足』に関する実態調査」(文部科学省)より著者作成

「令和7年度『教師不足』に関する実態調査」(文部科学省)より著者作成

確かに、特別支援学校の不足率は他の学校種よりも高くなっています。

また、2021年度の特別支援学校の不足率は0.26%、不足人数は205人だったものが、2025年度には0.71%、589人となり、不足率は4年で約2.7倍になっています。

ただ、ここで二つのことを考える必要があります。

一つ目は、見ての通り教員不足は特別支援学校だけで生じている問題ではないということです。

小学校でも1,699人、中学校でも1,031人の不足が生じています。2021年度と比べれば、小学校、中学校でも教員不足は拡大しています。つまり、学校教育全体で教員確保が難しくなっている事はもはや周知の事実です。

二つ目は、発達障害のある子どもの増加と、特別支援学校の在籍者の増加は、同じことではないという点です。そもそも日本の特別支援学校が対象としている障害種は、視覚障害、聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱の5区分です。

発達障害という診断があるからといって、そのまま特別支援学校への就学対象になるわけではありません。発達障害のある子どもは、通常の学級、通級による指導、特別支援学級など、さまざまな教育の場で学んでいます。もちろん、知的障害などを併せ有し、特別支援学校に在籍する子どももいます。

2025年度の学校基本調査では、特別支援学校の在籍者数は158,910人で、前年度から約3,800人増加しています。そもそも、この約15.9万人は特別支援学校の全在籍者数であって、発達障害のある子どもの総数ではありません。発達障害の特性を持つ子どもは通常の学級にも広く在籍しており、その人口規模を特別支援学校の在籍者数で捉えること自体が間違っています。

特別支援学校の在籍者数の増加は事実です。しかし、その増加がどの障害種で生じているのか、どのような就学先の選択や教育制度の変化が関係しているのかを確認しなければ、発達障害の診断数の増加と直接結びつけることはできません。

さらに、文科省の調査でいう「教師不足」は、教育委員会が学校に配置する予定だった教員数に対する欠員を指します。これは、児童生徒一人ひとりの教育的ニーズに照らして、実際の教員配置が十分なのかどうかを直接測った数字ではありません。

こうして整理すると、発達障害の診断数、特別支援学校の在籍者数、教員不足率は、それぞれ異なる事柄を測定していることが分かります。

そもそも測定対象が違う数字を並べても、その間に因果関係があることの説明にはなりません。

なぜ特別支援学校で、教員不足がより顕著に現れるのか

では、特別支援学校の教員不足率が、他の学校種よりやや高くなっていることをどう考えればよいのでしょうか。

まず確認したいのは、前述した通り教員不足は特別支援教育だけの問題ではなく、学校教育全体で生じている問題だということです。文部科学省は、教員不足の背景として大量退職に伴う採用拡大、産休・育休取得者の増加による代替教員の需要増、特別支援学級の増加などを挙げています。

また、正規採用が拡大したことで、それまで臨時講師を担っていた人材が減少したことや、地域によっては民間企業との人材獲得競争が生じていることも指摘しています。

これは特別支援教育だけで完結する問題ではありません。

では、なぜ特別支援学校では、その影響がより強く現れるのでしょうか。

2025年度の学校基本調査によれば、全国の特別支援学校は1,195校です。一般の小中学校と比べて学校数が少なく、設置地域も限られています。そのため、勤務地や通勤条件によって赴任が難しくなる場合があります。また、障害種や教育的ニーズに応じた専門性と、配置先との適合も考慮しなければなりません。

つまり、教育全体で教員の確保が難しくなったとき、特別支援学校はその影響をより強く受けやすい構造にあるのではないか、ということです。

もちろん、これは採用や異動、離職、欠員補充の実態から検証する必要があります。

もう一つ、教員不足を考えるうえで見落とせないのが、特別支援教育に対する社会の見方です。

今でも「特別支援教育は特別な子どもを、特別な場所で、特別な先生が教えるもの」というイメージは根強くあります。通常の学校教育とは切り離された、どこか別の世界のように捉えられてしまうのです。

しかし、こうした見方が広がっている状況で、これから教員になろうとする人たちは、特別支援教育を自分の進路として積極的に選ぼうと思えるでしょうか。

特別支援学校で経験を積むことが、教員としての専門性を広げ、将来のキャリアにもつながるものとして理解されていなければ、進路の選択肢として後回しにされても不思議ではありません。

「特別支援は特別な人に任せればよい」と言いながら、その担い手が不足していることだけを問題にしても、根本的な解決にはなりません。

特別支援教育を学校教育の一部として捉え、その経験や専門性が教員としての成長につながることを、社会も教育現場も理解する必要があります。

人材不足の背景には、採用や配置の仕組みだけでなく、私たち自身が特別支援教育をどう位置づけてきたのか、という問題もあるのではないでしょうか。

採用を早めれば、教員不足は解決するのか

もう一つ気になるのは、教員不足に対する対策の方向性です。

近年、教員採用試験の前倒しや複数回実施など、教員を早期に確保するための取り組みが進められています。

民間企業との人材獲得競争を考えれば、採用時期を見直すこと自体には意味があるでしょう。

しかし、それで教員不足の本質的な問題が解決するのでしょうか。

採用を前倒ししても、学校での仕事の量が減るわけではありません。長時間勤務や業務負担、責任の重さ、十分な支援体制がないまま個々の教員に対応を委ねる状況が変わらなければ、働き続けることへの不安も残ります。

文部科学省の2022年度教員勤務実態調査でも、教員の長時間勤務は依然として大きな課題となっています。

採用試験を早めることは、人材を確保する時期の問題への対応です。

しかし、人材が集まり、働き続けられる職場になっているかという問題への答えにはなっていません。

各自治体が採用時期を前倒しし、少しでも早く学生を確保しようとしても、それだけで教員を志す人全体が増えるとは限りません。限られた人材を自治体間で取り合うだけになれば、どこかの不足が改善しても、別の地域で不足が深刻になる可能性があります。

そして、採用された教員が数年後も安心して働き続けられるのかという問題は、そのまま残ります。

採用の前倒しや囲い込みは、人材確保のための施策ではあっても、学校の労働環境を改善する施策ではありません。必要な教員数を確保することはもちろん大切です。しかし、仕事の中身や働き方を変えないまま採用数を増やそうとしても問題は解決しません。

目先の対処の前に、なぜ教員になりたい人が減り、なぜ働き続けることが難しいのか。そこに向き合わなければ、本質的な解決にはならないと思います。

特別支援教育の専門性は、学校教育全体で必要になっている

さらに、近年は発達障害への理解が広がり、学習や行動の背景にある認知的な特性や教育的ニーズに目を向けることが、通常の学級でも不可欠になっています。これまで特別支援教育の領域で培われてきた専門性は、今や学校教育全体で必須のスキルとなりつつあります。

そう考えると、発達障害のある子どもへの支援ニーズの顕在化と教員不足を結びつけるのであれば、むしろ次のような問いが成り立ちます。

多様な子どもに対応する専門性が学校教育全体で必要とされるようになった一方で、それを支える人材の養成や確保、そして働き続けられる環境の整備が追いついていないのではないか。

という事です。これは、「発達障害のある子どもが増えたから特別支援学校の教員が不足している」という説明とは、全く異なります。支援の文脈で「専門性の尊重」という言葉が、自らの責任を引き受けないための口実となり、特別支援教育を担う一部の教員や専門職の善意と献身に負担を集中させてはいないでしょうか。この実態の背景には学校文化だけでなくそれを醸成した社会的な認識の問題が明確に存在します。

特別支援学校で教員不足が顕著に現れていることと、教員不足の原因が特別支援教育だけにあることは、別の問題です。学校教育全体の人材不足が、特別支援学校においてより強く表れている可能性とその背景を考えずに、支援を必要とする子どもの増加だけで説明することは、教育問題の本質をすり替え、本来取り組むべき教育制度全体の課題を見えにくくしてしまいます。

多様なこどもの実態に対応できる人材を確保し、育て、働き続けられる学校をつくれているのか。何より、そのためには教員という仕事のあり方そのものを見直す必要があります。

専門職として大きな責任を求められ、業務や負担は増えていく。一方で、その責任に見合う裁量権は十分に保障されているのか。実際の労働や専門性に見合った対価は支払われているのか。

こうした労働の実態を顧みず、採用時期の前倒しや人材の囲い込みといった表面的な対応を重ねても、それは教員不足を生み出す構造を変えることにはなりません。

責任と負担に見合う裁量権も対価も保障しないまま、採用方法だけを工夫する。それは教員不足の解決ではなく、教員不足を生み出す構造の温存ではないでしょうか。そろそろインクルーシブ教育の「標榜」から「実践」へと舵を切ってほしいものです。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、3550文字あります。
  • 発達障害のある子どもは、本当に急に増えたのか
  • 死亡事故を、教員不足だけで説明してよいのだろうか
  • 特別支援教育だけの問題として捉えないために
  • 主な参考資料

すでに登録された方はこちら

サポートメンバー限定
実態理解は、どのような教育実践につながるのか — 知っていること、信...
サポートメンバー限定
文字は大きいほど読みやすいのか?―「見える」と「読める」の間にある認知...
読者限定
読める。でも、しんどい。―ディスレクシアの「易疲労性」を考えるー
サポートメンバー限定
「読めている」の内側を測る― 成人の読み書き困難感と自律神経反応から考...
サポートメンバー限定
「見つける」だけでは支援にならない ―発達障害と不登校の最新調査から...
読者限定
「努力する・しない」の前に考えたいこと ―認知コストという視点ー
サポートメンバー限定
頑張り切らせないADHDの子どもの学習環境支援 ―注意資源を残して終...
サポートメンバー限定
「普通ってなんやねん」 -◎さんと考える- サポートメンバー限定オン...